人は等しく価値があるということについて

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かつて、福沢諭吉先生は「学問のススメ」の中でおっしゃいました。

天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり。されど人の世は賢き人あり、おろかな人あり、貧しき人あり、富めるもあり。人は生まれながらにして貴賎貧富の別なし。ただ学問を勤めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧乏となり下人となるなり。

現代語に訳すと、

「『天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず』と言うけれど、実際には賢い人、愚かな人、貧しい人、豊かな人がいるではないか。人は生まれながらにして尊い・賎しい・貧しい・豊かという事は無いのだが、よく学ぶ人は将来尊い人になり、豊かな人になる。勉強しないと貧しい下人になっちゃうよ!」

という意味だそうです。

アメリカから入ってきた平等という考え方や

今の日本で法の下に平等であると主張される権利とは

違いますね。

何の努力もしないで、豊かになることを主張するのは

おかしいってこと。

でも努力ってなんでしょうね。

何を学べばいいのでしょう?

正しい努力を続けたら、みんないつか豊かになれるんでしょうか。

能力がある人は、一人残らず豊かなんでしょうか?

例えば、理系の優秀な学生が、将来ノーベル賞に繋がるような

研究を続けようとしたら、アルバイトしながら生活しないと

いけないこともある。

果たして、このような場合も尊く豊かと言えるのでしょうか?

わたしはこう考えています。

人は誰もが、潜在意識によって現実を引き寄せる力を

持っている。

誰もが、一瞬たりとも、この能力を使わないことはない。

誰もが、潜在意識と想像力で、思い描いた現実を

日々、創造し、生きている。

未来は創ることができる。

自分の在り方を変えれば、人生を変えることができる。

この点において、誰もが同じ能力を持っているから

人の価値は等しいのです。

そして、どんな状態の潜在意識にも宇宙は等しく答えを出す。

この宇宙の法則は、誰に対しても平等です。

このことを知らず、知ろうとせず、誰にでも等しく与えられた

すばらしい能力を磨かないまま、平等という権利を社会に

訴えても、意味がありませんし、物事が良くなることも、

豊かになることもありません。

同様に、知識の量や学歴、収入などを人と比較して、

上下を付けても幸せであるとは言えない。

その結末は、幸せを感じることができず、幸せとは何かがわからず

現実に惑わされ続け、死を迎える瞬間に

すべてを理解することです。

能力は使い、活かし、人生を楽しまなければ意味がないのです。

 

 

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